あなたは、ある日突然獣医師から老犬の安楽死を提案されたらどうしますか?
愛犬の最期を即決できる、または愛犬が元気なうちから安楽死について考えたことがある飼い主さんはほとんどいないでしょう。
しかし、現在抱えている病気や安楽死についての詳しい知識を持っていれば、愛犬と飼い主さんの両方にとって最善の答えを導き出せるのではないでしょうか?
この記事では、安楽死を考えるときに大切なことや後悔しないためにできることを紹介した上で、安楽死の判断基準から考えるタイミング、安楽死までの流れを解説していきます。
これらを参考に、まずは安楽死について知り、考えることから始めてみましょう。
目次
安楽死とは
安楽死とは、耐えがたい苦痛からの解放を目的として、本人の希望に従い、他者が苦痛を伴わない形で死なせることです。自らの死に関して意思表示ができない愛犬の命を当事者ではない飼い主さんが決めることが、問題視される原因の1つになっています。
そんな安楽死は、以下の2つに分類されます。
・積極的安楽死
・消極的安楽死
積極的安楽死
積極的安楽死とは、薬剤の投与などで意図的に死に至らしめることです。人の場合、この安楽死はスイスなどの国で合法化されていますが、日本では認められていません。このことが、安楽死に対して否定的な考えを持つ日本人が多い原因とも考えられます。
一方、日本の法律上ペットは物として扱われるため、犬に対する積極的安楽死は制限されていません。そのためすべての動物病院でできるわけではありませんが、飼い主さんと獣医師の同意があれば、愛犬の安楽死を行うことができます。
消極的安楽死
消極的安楽死とは、延命治療を中止する、または治療を行わないことで死期を早めることです。これは尊厳死とも呼ばれ、自然な状態で死を待つことを指します。
積極的安楽死と消極的安楽死のどちらが良いというわけではなく、何かをすることだけでなく、何かをしないということも安楽死なのだということを知っておいてください。
安楽死を1つの選択肢に
上記で安楽死について説明しましたが、愛犬のことを1番に考えて愛犬のために安楽死を決断した飼い主さんに対して、誰1人間違っているという資格はありません。
ですが、結果として家族である愛犬の命を奪うことになるので、安易に安楽死を選択するのも避けてほしいところです。そこでこの章では、老犬の安楽死を考える上で最も重要視してほしいことと愛犬の死を後悔し続けないためにしなければならないことを解説します。
最も大切なこと
愛犬の安楽死を考える上で最も大切なことは、安楽死を考える原因となった病気と安楽死そのものの詳しい知識を持つことです。病気に関して獣医師の言うことだけしか知識として持っていなければ、治療の選択肢を狭め、病気の改善の可能性を小さくしてしまうかもしれません。
たとえば、かかりつけの獣医師が当時学んだ医療や西洋医学の知識しか持っていなかった場合、最先端の医療や東洋医学で改善する病気を治せないということになります。今の時代、ネットや本からでも情報を収集できますし、セカンドオピニオンを活用して幅広い知識を持つことは安楽死の選択を促したり留まらせたりする上で重要です。
また、安楽死そのものについての知識も持ちましょう。なぜなら、安楽死の不安や後悔を少なくできるから。人は得体のしれないものに恐怖を感じるものです。安楽死について熟知した上での決断は、飼い主さんの心の負担を軽減してくれるでしょう。
後悔しないためにすること
本音が分からない老犬に対して、安楽死をする・しないのどちらを決断しても必ず後悔はします。しかし、スピリチュアルな話になるかもしれませんが、愛犬の死後もずっと後悔し、ペットロスになってしまう飼い主さんの姿を亡くなった愛犬は見たいとは思わないのではないでしょうか?
そこで、後悔から早く立ち直るためにしてほしいことは、
“決断の前に、家族全員で良く話し合い、全員が納得すること”
です。
もし安楽死を決断した場合でも、家族全員が納得して行ったものであれば、心の準備ができている状態なので気持ちの整理がつきやすくなるでしょう。
1人の場合であっても、愛犬を良く観察し、コミュニケーションをたくさんとるようにしてください。そのうちに、愛犬がどうしてほしいのかのサインに気づくことがあるかもしれません。
安楽死の判断基準
犬の安楽死に関して、明確な判断基準は設定されていません。そのため、安楽死を行わない獣医師もいます。しかし、欧米ではペットの安楽死に関するガイドラインがしっかりと確立されている国が多いです。ここでは、欧米で重要視され、安楽死の目安となっている以下の3つの判断基準を紹介します。
・QoL
・5つの自由
・HHHHHMM
QoL
QoLとは、『Quality of life』(クオリティ オブ ライフ)の略で、直訳すると生活の質です。人においては、その人が
・人間らしく
・自分らしい生活を送り
・幸せを感じているか
を判断するための軸となる概念とされています。
これを老犬に当てはめると、犬らしく老犬らしい生活を送り、幸せを感じているかということから老犬のQoLが判断されるということになります。
しかし、ここまででQoLについてなんとなくは理解できたけれど、
「老犬らしい生活とは何なのか」
「幸せを感じているかどうかをどのように判断すれば良いのか」
などと疑問に思った飼い主さんもいるでしょう。
そこで紹介したいのが、『5つの自由』です。これは、より具体的な犬のQoLの尺度となり、どのくらい満たせているかが非常に重要になってきます。
5つの自由
5つの自由は、動物福祉の基本として国際的に認められていて、日本でも『動物の愛護及び管理に関する法律』に組み込まれています。
5つの自由は以下に示す通りで、具体的な内容に関しては老犬に当てはめて考えてみましょう。
飢えと渇きからの自由
・老犬の健康状態にあった十分な量の食べ物が与えられている
・いつでもきれいな水を飲める
不快からの自由
・老犬にとって適切な環境で飼育されている
・その環境は清潔に維持されている
・その環境は安全である
・その環境は快適である
痛み・傷害・病気からの自由
・老犬が病気にならないように日ごろから健康管理・予防をしている
・ケガや病気の場合には適切に治療されている
恐怖や抑圧からの自由
・老犬が恐怖や精神的苦痛を感じている兆候を示さないようにする
・老犬が恐怖やストレスを感じている場合には、原因を確認し、的確な対応をとっている
正常な行動を表現する自由
・犬らしい行動を表現するための十分な空間・適切な環境が与えられている
・犬の習性に応じた欲求を満たすことができている
愛犬の命が尽きるまでこの5つの自由を与えることが飼い主さんの責務です。安楽死を考える上でも、5つの自由が1つの目安になるということが理解できたでしょう。
しかしこれは、飼い主さんが行うべきことに重きが置かれているものなので、愛犬の今の状態における判断基準にしにくいという欠点があります。この欠点を解消してくれるのが、次に紹介するHHHHHMM QoLスケールです。
参照:環境省自然環境局 総務課 動物愛護管理室「ペットの5つの自由のこと」
HHHHHMM QoLスケール
HHHHHMM QoLスケールはカリフォルニアのAlice Villalabos獣医師によって提唱された、ペットのQoLを判断するための1つの基準です。このスケールでは、以下の7つの項目において飼い主と獣医師がそれぞれ0~10で評価(0:良、10:悪)し、合計が35以上であれば、愛犬は今の環境を受け入れているということになります。
・苦痛(Hurt)
・空腹(Hunger)
・水分補給(Hydration)
・衛生(Hygiene)
・幸福(Happiness)
・可動性(Mobility)
・良い日のほうが悪い日よりも多い(More Good days then Bad)
このスケールは結果を数値で見ることができるので、より客観的な判断基準だと言えるでしょう。
HHHHHMM QoLスケールから考える安楽死のタイミング
安楽死について考える時には、このまま生かし続けることが本当に以下の項目の評価を下げないか、あるいは安楽死させることが本当に以下の項目の良い評価につながるのかということをしっかりと考える必要があります。
苦痛(Hurt)
犬は、痛みを我慢して隠す動物とも言われています。また、痛みを感じていても言葉で伝えることはできません。
そんな愛犬の苦痛に気づくためには、痛みを我慢している仕草や行動にどういうものがあるのかを知っておく必要があります。
苦痛は、薬などの治療やマッサージなどの緩和ケアによって改善することができます。
空腹(Hunger)
多くの犬は食べることが大好きで、生きるために欠かせない食事の時間は幸せを感じているでしょう。なので、加齢や病気によって食べられなくなってしまえば、相当なストレスになると考えられます。また、老犬が痩せすぎてしまうと、免疫力や体力の低下につながるので注意が必要です。
愛犬が自力で食べられない場合は、飼い主さんが補助することで空腹は避けられます。しかし、病気などで食欲はあるのに食べられなかったり、食事をしてもうまく栄養を摂取できなかったりする場合もあるのです。
水分補給(Hydration)
犬の体は60%~70%が水分とされ、水分の10%程度が減少すると脱水症状を起こし、それ以上水分を失うとショック状態で、死に至る危険性もあります。特に老犬は水を飲まなくなる傾向があり、脱水症状の初期段階は気づくのが難しいので、愛犬がどのくらい水分を必要としているかを知っておく必要があるでしょう。
衛生(Hygiene)
加齢や病気によって排せつがうまくできなくなると、体に排せつ物がついてしまうことが増えます。そうなると、今まできれい好きだった犬が自信を失ってしまうかもしれません。
飼い主さんの早めの処理やおむつで予防できるかもしれませんが、毎日体中が汚れてしまうと、他の病気になる可能性もあるし、愛犬にとっても相当なストレスになるでしょう。
幸福(Happiness)
幸せを感じると身体的にも精神的にも元気になります。加齢や病気によって弱っている愛犬が、楽しいと感じてくれることをできるだけ毎日行いたいものです。
そのためにも、日ごろから愛犬の好きなことは何なのか、楽しいと感じることは何なのか観察しましょう。
可動性(Mobility)
若いころはどこへでもいつでも自由に歩いて行けていたのに、年をとって寝たきりになると自力では動くことができません。今までできていたことができなくなるのはとてもストレスになると考えられ、これが夜泣きにつながることもあります。
しかし、自力で歩けないから安楽死した方が良いというわけではなく、車いすを使ったり飼い主さんが補助したりすることで歩ける場合は、歩きたい欲求を満たすことができます。
良い日と悪い日の数(More Good days then Bad)
体調の良い日が悪い日よりも多くなっている場合、老犬の苦しみはかなりのものになるでしょう。
飼い主さんの補助でも上記の項目が改善しない、または良くなることが無く状態が悪い日が続くと予測される場合は、安楽死を考える1つのタイミングなのかもしれません。
参照:THE LATHAM FOUNDATION 「Quality of Life to the End of Life: We Owe It to Them!」
安楽死までの流れ
いざ安楽死を決断した飼い主さんの多くは、初めての経験であることが多いでしょう。そこで、この章では知っておいてほしい安楽死の日までの流れを紹介します。
1. 日程と場所を決める
まずは、獣医師と相談して日程と安楽死を行う場所を決めます。
安楽死の日は愛犬の命日になる日です。なるべく早く苦痛から解放してあげたい思いもあるかもしれませんが、家族全員が集まれる日にするなどきちんとお別れができる日を選びましょう。
また、安楽死を動物病院だけでなく自宅で行ってくれる獣医師もいます。
動物病院で行うメリットは、良い意味で冷静に愛犬の死と向き合うことができることなのに対し、病院が嫌いな犬の場合は最期にストレスをかけることになるかもしれません。逆に自宅で行うメリットは、慣れ親しんだ場所なのでリラックスした状態で最期の時を迎えられることで、デメリットとしては安楽死を行った場所と愛犬の死が強く結びついて、その場所を見るたびに悲しみの感情がわいてくる可能性があることです。
それぞれの良し悪しがあるのでどちらにするかは、獣医師と家族とよく相談して決めましょう。
2. できなかったことをする
安楽死までをどのように過ごすかは自由ですが、愛犬とたくさんコミュニケーションをとって、たくさん思い出を作ってください。
心臓病によって、大好きなボール遊びを我慢させていたなら、広いドッグランで一緒に走り回りましょう。また、寝たきりになって遠出するのを遠慮していたなら、大好きな車に乗って家族みんなで旅行に行きましょう。
3. 安楽死の実施(方法と費用)
安楽死の方法や費用は、ホームページなどで掲載していることがほとんどなく、動物病院によっても異なります。ここでは一般的な方法と費用を紹介するので、詳しくはそれぞれの動物病院で聞いてみてください。
まず、一般的な安楽死の方法は次のようになっています。
1. カテーテルで麻酔を静脈に入れる
2. ペントバルビタールナトリウムという薬剤を過量に投与する
3. 内臓、心臓、脳の機能が全て停止する
この方法では、麻酔を入れてから心臓などを停止させるので苦痛を伴わないと言われています。
費用は10,000円前後とされていますが、獣医師が安楽死を行いたくない場合に価格を上げている場合もあるようです。
まとめ:老犬の安楽死は飼い主のエゴとは限らない
自ら安楽死を希望することができない老犬の命を、飼い主さんが終わらせることが安楽死問題の原因の1つですが、老犬のことを1番に考えて決めた安楽死に関して、他人がとやかく言う資格はありません。
だからといって、何でもかんでも安楽死すれば良いということでもないです。重要なことは、現在抱えている病気や安楽死についての詳しい知識を持つことです。そうすれば、安楽死が愛犬との別れ方の1つの選択肢となり、愛犬と飼い主さんの両方にとってベストな答えにたどり着きやすくなるのではないでしょうか?
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